先日怒られる夢を見たときにイライラについて調べていたのですが、
その中で「嗚呼…」と感じられた言葉があった。
(イライラに関して)その解決法や妥協点を見出せればしめたものです。
妥協点。
私が一番苦手とする言葉かもしれない。
表面上はほどほどにこなせている(そうしないと会社員として仕事が進まないこともさすがに理解はしている)はずなんだけど、
心の中ではミスやダメージを100がっつり受け止めてしまうので、そりゃあ自分へのイライラ、環境へのイライラは体に蓄積されていってしまうねんな…(ドエセ関西弁)
結果として、肩こりや息苦しさ、ひどいときは円形脱毛症にまで至ってしまう。もうはげたくない!
妥協点って、どうやって見つけるものなんだろう。
改めて「妥協点」について調べてみる。ネットで(ネットで調べるな)。

なんか改めて考えると、ストレスって外の環境のことばっかり気にしてたけど要は自分のキャパの問題やん…。ウッ…。真理に気づいてしまったので何者かに暗殺されてしまうかもしれない。更新が途絶えたら”そういうこと”だと思ってください。
?
「妥協点を探す」ってなんかネガティブな響きもあったりするけれど、すごく健全で主体性が求められる作業なのかもしれない。私には主体性がないから、妥協点を見つけるのが難しいのかも。
全部自分のせいか、全部環境のせいか。自分はここまでOK、という理解が足りていない。大丈夫か大丈夫じゃないか、そのどちらかに振り切ってしまうから、疲労と上手に付き合えずにいるのかもしれない。かもしれない運転の人生。
イライラ・ストレスに関する妥協点とはつまり、自分のキャパ的に「これくらいまでのストレスは自分で防御するか処理するかして何とかせんとな」のラインを見つけるということか。
本当にささいなことだけれど、こうして考え方を改めるだけでもすこし負荷のかかり具合が違うかもしれない。これはこうすればリカバリーできるな、とわかっている仕事への緊張度が低いのと似ているかもしれない。
「自分が何をストレスに感じているか」を探る作業は日々続けていますが、今の時点でいくつか見つかっているものがあるので、それに対する妥協点を探してみよう。
- 視線→伊達メガネを買ったことである程度解決した。会社では絶対に外さない。これがある限り自分の内側は守られているぞ、と自分に言い聞かせる。
- 爆タイピング音など→耳栓は仕事上難しいので、何時間かおきに5分10分でいいから静かな場所に避難する。
- 言葉→本当にこれはよくないけれど、でも自分を守るためのものなので、引き続きいい感じに適当に愛想よくする。瞬間日記にもためらわず愚痴る。ため込まない。とにかく帰りは一人で帰る。必要以上に絡まない。自分からは話しかけない。(おいおいこれだけ熱量高いよ)
全然いい新人じゃないのに、全力でいい新人をやりつくそうとするから、仕事そのものに使う労力以上の体力と精神力を使ってしまっているんだと思う。
もうあきらめましょう。無理なものは無理!©キヨ
あえて嫌がらせをするとか悪態をつくとかそういうことではなく、「誰かのご機嫌を伺う」時間を減らしていく。ある程度、「いい子」を演じるポイントを減らす。これが今の時点での妥協点かもしれない。まーたかもしれないだ!
人を気持ちよくさせることに必死になってさ、結果自分のご機嫌がくすぶっちゃうようじゃもうそれほんまに意味わかんないもんね。
私はあまりにも「いい子」と思ってもらいたすぎている。怖い。気づいちゃった。こんなの今に始まったことではなく、幼稚園のころから、ずっと「いい子」だと思ってもらいたすぎて生きてきすぎた。
先輩に対して「優秀でありたいというプライドすごいなあ~きっつ~」と思ってたけど(赤裸々かつ最低すぎるだろ)、それ以上に私は「いい子」であろうとしすぎている。吐き気がしてきた。
いい子だと思ってもらおうとあがいた先には、一体何があったんだ。肩こりと息苦しさと、円形脱毛症じゃあないか。
でもここでさらに逆説を使うと、だから「いい子を完全に捨てるぞ」という旧わたしの思考回路はやりすぎになるので、ある程度愛想よくふるまうという行為は残しつつ、無理はしないのが妥協点なのだろう。
自分で言うのもなんだけど、さすがに30年近く「いい子」であることに命かけてきたので、多少力を抜いてもいい子と思ってもらえるムーブが自然とできる自信はある(そんな自信持つな)。
自分を自分で後回してきたのも自己防衛のためで、自分のためにしてきたことだったんだから、もうもぞもぞ言うのはよそう。自分を後回しにするのも自分を優先するのも、私が決めることだね。
妥協点を探すことを面倒臭がらずに、明日からも自分が心地よく生活できるバランスを見つけていきましょう。
急に全部やろうとするのはゼロ100なので、すこしずつ、のんびりと。
人生はいやでも長い。
了




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